大阪の尺八吹きです。尺八にとどまらず自作のオーディオや想いを!骨髄異型性症候群と多系統萎縮症という難病をわずらて闘病生活に入っています。


by takudoo1021
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脳死?

 臓器移植法案がとおった。

 「いのちのはたらき、それは人間の想いをはるかに超えたものであります。それを人間の都合によって「生」「死」を決定し、更に国の法によって法令を規定することには重大な問題をはらんでいます。そこにはいのちを対象化し、モノとしか見ず、その結果、役に立つか立たないかというところでいのちを扱い、生の拡張のみを事とするエゴイズムがあります。」 真宗大谷派宗務総長 能邨 英士

 重度の障害を持ってる子の親が、「その子が生きてることが許されるのか」との不安があると。僕はいずれ、世の意識はそうなるかもと。小泉・竹中ラインの政治は、弱きものは、アメリカのハゲタカファンドの餌食になれの路線を強いてきた。金さえあればの風潮をも産みだしてきた。そんな中、僕は前言を「考えすぎだよ」とはいえなかった。

 ネットを見ると

「愛ですか 脳死臓器移植」脳死・臓器移植を考える委員会編 /社会評論社

 の内容紹介ページに出会った。

「移植が始まると、最初のうちは監視の目が強いので、厳格にレシピエント候補を選び出します。・・・・・・
が、そういう方には失敗が多いとお話ししました。そこで移植がつぶれていく可能性がありますが、逆に言うと、移植が上手くいくには、最初からかなり状態のいい人を選んでいく可能性が高いことです。これは世界中で移植を始める時の一般法則となつています。長いウェイティングリストができた場合にやることは、お金を積むことです。アメリカでも疑惑が出てきていますが、日本はアメリカ以上に医者と患者のお金の授受は野放図状態です。最後に脳死臓器移植は人の死を期待する医療です。医療の場で人の死を期待することはしたくないです。この脳死臓器移植の話はその場面だけに限らずに、日本全体に非常に大きな精神的なダメージを広げていくことになります。そのことを一番恐れています。」近藤誠(慶応大講師)

 1968年の和田生体解剖心臓移植実験に関して、医学・医療界はきちんと総括し、二度と同じ過ちを繰り返さないという決意表明をすべきである。
 
 本当にある患者に「臓器移植」しかないのかの医学的根拠、そして治療法への肉迫がおろそかになり、状態のいい人(「あと1年と」いわれる人の中でもかなりそれ以上生き延びる現実はある。)を対象にされる。

 そして、費用の問題もある。確かに海外渡航経費は必要なくなるが。本来「健康保険」制度とは何のためにあるのか。生きる「平等性」ももはや失われているこの日本で。

 虐待を受けていた子の問題もある。親は自分の犯罪が明らかにならないように「臓器移植」を申し出る。
 
 交通事故での「脳死者」も餌食にされそうだ。急な事故の知らせで本人と対面し、移植を、精神的に迫られ、まだ暖かき身内に移植すべき臓器を延命させる作業が展開され、切り取られていく。事故の解明のための「解剖」などは意味を持たなくなる。

 アメリカ等では、子供の誘拐多発を産みだしているという指摘もある。また、昔はそんな昔じゃない日本で「血を売って」ということがあった。 すでにアジアでは「臓器を売る」事があることは、TVの報道でも明らかにされている。このような実態とそんな思潮の拡がりは、やはり恐ろしい。

「草食動物を肉食動物が食べて、またそれを人間が食べます。食物輪廻と言いますか、人間という動物は特殊な立場にたつた生き物です。しかし人間同士は決して食べないと強調します。そして生きて拍動している心臓をえぐり出すことは食べるよりも悪いのです。臓器移植は、きわめて残酷で危険な考え方を後世にまで文化的に残します。人の肉を食ったり(カニバリズム)、人の心臓を取る移植を、なにゆえ人間同士がやらなくてはならないのでしょうか。人の死は、肉体の死と同時に社会学的な死でもあると世間で言われます。これは文化論的意味を持ち、非常に意味深いものです。一人の人の死は、その家族をはじめ、生き残っている人々にとって精神世界の問題も含んでいます。葬礼の行為があり、また死者を偲ぶ心があります。人の身体というのは、生きている時はもちろん死んだ後でも尊厳性があり、愛の対象でもあります。」
                                  廣澤弘七郎(東京女子医大名誉教授)
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by takudoo1021 | 2009-06-19 19:20 | 日々のこと