大阪の尺八吹きです。尺八にとどまらず自作のオーディオや想いを!骨髄異型性症候群と多系統萎縮症という難病をわずらて闘病生活に入っています。


by takudoo1021
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死んだ男の残したものは

 長かったか、短かったか梅雨空の中で、最後に見たものは焼酎のコップか
 ふと倒れ10日がすぎて発見された。
 関西では結構名の通った焼き肉チェーン店の部長にとして精力的に「会社の為に」働き続けた。
 我妻の妹と結婚、3人の子をもうける。幼くして両親と別れ、親戚の中でひとりぼっちで育った彼にとって、
 家族は特別な意味を持っていたと思う。
 しかし、結局離婚してしまった。それ以来ほとんど合う事もなく連絡は途絶えていた。
 そして届いた連絡は「亡くなった」。
 聞けば、狂牛病とかで、焼き肉店はリストラされ、他の店の「店長」で何とか過ごし、そしてそこも達行かなくなり。最後はあるフランチャイズの中で、自分の店を持つ事になった。やっと持った自分の店。彼はしゃにむに働いた。しかし彼の身体は長年に亘る「働き過ぎ」によりむしばまれていた。
 店の立地条件もあったかも知れないが、リーマンショックからの不況をもろにかぶり、昨年店をたたみ、数百万の借金で自己破産した。
 身寄りのない自分を雇ってくれた会社に尽くす。とにかく働く。それが藻くずのように消えてしまった。そんな彼にとって大きな挫折を向かえた。
 その後、生活保護でのひとりぼっちの生活。そして体調不良による痛みを抱えて、ビールなどは禁止され、唯一見逃された焼酎を飲みながら。彼は何を考えていたのか。静かに向かえる死?否彼は生き延びようとしていた。足の不自由身よりのなさそうなな老人を同居させたり(後に入院したときに家族が現れる)岐阜に住む息子には寂しさも会ってか、よく電話したし、何回か会いにも行っている。
 そして、最後の机上には履歴書やハローワークの書類が残されていた。されが胸を打った。
 56才。絶対という程不可能な再就職。「また包丁を持って料理を作りたい!」
 でも、身体がついてきてくれなかったのか。
 亡くなった翌日、彼の部屋の片付け、息子と娘二人と義理の妹で片付けをするのを手伝った。立ちこめた「臭い」の中、正に生きていた証に触れ胸がしびれる。
 土曜日帰ってきた遺体を囲み身内6人で通夜を済ませ、少し離れていた旧家族達が別れの夜を過ごし、日曜日火葬を済ませた。

 やすらかにあれ かっちゃん!

 大手の会社は結局会社のためであって、社員は使い捨てである。
 そしてチェーン店は地元の古くからの商店がどうなろうと「そんなの関係ない!」である。
 奇しくも今回、「おかしい」と気づいてくれたのは近くの酒屋さんであった。
 「大店法」などの「規制緩和」を声高々に叫び、大手、外資の進出に扉を開いたのは小泉自民党内閣である。
 でも、今の世では「会社のために」必死で働かざるを得ないしそれが当たり前となっている。
 そのことが生きるみんなにとってどうなのか。
 
 反合理化 首切り反対 労働強化反対 時間短縮を等を掲げ闘ってきた労働運動もほぼ根こそぎ絶やされ、ご用組合になってしまった。むろんそんな中でも必死に闘っておられる方々もいるが、時流はもはや押しとどめる事は出来ない。

 そして孤独死、自殺が社会問題なっている。

 本当に安らかに、4日告別式に又合おう!
 
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by takudoo1021 | 2010-06-29 18:04 | 日々のこと