大阪の尺八吹きです。尺八にとどまらず自作のオーディオや想いを!骨髄異型性症候群と多系統萎縮症という難病をわずらて闘病生活に入っています。


by takudoo1021
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

匿名希望さんのコメントに

匿名希望さんカキコ有難うございます。コメント欄では文字数の制限があるんでコチラに起こしました。

 今日まで生きてきた
 だれかの力をかりて だれかをあざ笑って
 だれかにおびやかされ だれかにうらぎられて

 これだけならぶと少し辛くなりますが、それはみてくれ(外見)や「能力」や金銭的なことなんかからくるコンプレックスの裏返しかとも。その辺は居直るというか、自己肯定して開き直るそう「明日からも こうして」生きていく。
 しかし
 「だれかと手をとりあって」も生きてきたそのことを探ってみるのも大事だと思いますよ。

 「わたしの生き方」それは「自分というものを知ることから」
 それは自己否定と自己肯定の矛盾した混沌の中に潜んではいます。
 それを止揚する契機となるものは
 自分の生きている場の正確な認識ではないでしょうか。

ひとつは生きてる世界、天然自然界、宇宙、の中の自分。
 それは難しいことではなく、まわりにいきとし生きるものたちの生命をそう草木や虫たちからミニマムなところは分子、原子、素粒子の生き様。マクシムなところは地球、星々、銀河、宇宙の世界。
 その万物と共に生きている実感をつかむこと。それぞれの存在、姿に感動し共感すること。
 日常の中での花や星へなど自然にふと感じる感動を拡げていく。

ひとつは自分の関わっている、関わらざるを得ない社会・人間関係を規定している価値観の分析。
 今の世は、資本主義といえども「金融」が支配することにより全く社会から乖離した「ファンド」という「金銭」のよってまさにかってな自己増殖の論理によって動かされ支配されています。
 チョイ前は資本そのものに因って動いてた頃はまだ会社、働く者とかの実態をふくめ動いていた。(正にいまの下町の中小企業の実態)
 石油価格の急上昇、大豆が手に入らないとかのまさに社会で暮らす人間たちの生活と関係なく「金融投資」が駆けめぐり「会社」をも増殖の手段とされている。
 そこからうまれる「生きていく」価値観は「自己責任で勝手に生きる」「効率、成果第一主義」である。
 「切り捨て御免」、「弱者は弱者」、「生き延びるために必死になれ」「成果が上げられないとリストラ」・・・・
 社会、教育、文化あらゆる面で余裕が無くなるし歪められる。

 「だれもがだれかをあざ笑って
 だれかにおびやかされ だれかにうらぎられて」生きていく。そのことを否定するんではなく理解しよう。

 ではどうすりゃいいその契機となるのが
 「それはおそらく自分というものを 知ることから始まるものでしょう」

 みんな今の社会の中で価値観を「生きなきゃ」の中で、押しつけられというか気づかないうちに自分でない自分を押しつけられ抑圧と疎外の中でしか生きられない生活を押しつけられているんだから。
 そう自分の中にひそむ押しつけられた価値観を洗い出しそれとは出来るだけサヨナラし、素直な自分の姿を見いだしていく。「成果・成果」のなかで「つまずいてもいいじゃんか」「急がずあわてずに」とか自分の素直な価値観を見いだしていくこと。

 以上書いた2つのことから
 結論的に言うと「スナホ」な「ココロ」で、自然の営みに共感し、自然の恵みに感謝し、「時にはだれかと手をとりあって」 社会を見据え、時には否の声を上げいきて、生きて、生き抜こうと押しつけちゃってますが。 
[PR]
by takudoo1021 | 2010-11-24 12:45 | 日々のこと