大阪の尺八吹きです。尺八にとどまらず自作のオーディオや想いを!骨髄異型性症候群と多系統萎縮症という難病をわずらて闘病生活に入っています。


by takudoo1021
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筒井方也が 

 フィリピンの疲れで寝過ごしている耳に電話の音が。それは筒井方也が今朝亡くなった事を知らせてくれた。すぐに刀根山病院へ飛んでいった。b0189977_1622340.jpg
 病院の一室に安置されている彼にあって手を合わせる。まさに走馬燈のように彼とのライブやレコーディングや筋ジストロフィー患者の生活向上の取り組みなどが浮かんできた。
 
 この怒りが消え去ったのちに
 この苦しみの過ぎ去ったのちに
 私の中の修羅は
 冬のひだまりの淵で
 しずかに腐りはじめるであろう
            
  彼の最後のCD「修羅」に寄せられた言葉。

 やっと生きるための厳しい日常、痛み、苦しさ、彼のイノチを支えていた医療器機から解き放され安らかにたたずんでいた。50年の彼の人生が閉じた。
 彼に出会ったのは私が教員になり3年目。刀根山病院内にある養護学校の分校に転勤したときであった。
 彼は中学1年生。それからいろんな事があり彼らのバンド「かわず」の手伝いなどをしつつ、病気の進行と共に彼もギターが弾けなくなりメンバーが次々と他界する中で、彼はシンセサイザーとシークエンサーで曲を作りだしていた。器材のセットなど手伝っているうちに2人でのライブも何回と持ち、CDの制作もおこなった。

 彼との作品は1部下記のページにアップしております。
  「流砂」「守歌」が彼の作曲で「透枯のテーマ」は私の曲をアレンジしてもらった物です。

  「音の流れる部屋」    ←ココをクリック

 彼の作品に出会うことにより卓道の音楽に対する姿勢を教えてもらった気がする。一つの音を打ち込む力とその音へのこだわり。彼はほとんどシンセのプリセットの音を使わず自分で産みだしていった。
 その姿勢が、ほんと多くの人に感動と共感を呼び起こしたんだと思う。大阪府の「障害者の日」のイベントで聞いておられた宮城まり子さんが泣き崩れ、そのあとの講演も涙が止まらず続けられた。

 ここ10年忙しさにかかまけて彼の元に行かなかった事を悔いながら、いま彼の想い出に浸らせて頂いている。    お通夜に望まして頂こう。
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by takudoo1021 | 2010-12-22 17:14 | 日々のこと