大阪の尺八吹きです。尺八にとどまらず自作のオーディオや想いを!骨髄異型性症候群と多系統萎縮症という難病をわずらて闘病生活に入っています。


by takudoo1021
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宮城県気仙沼大島へ 其の①

 4月27日(金)の夜10時から太鼓グループ「HOTARU」の4人のメンバーと車で1台の乗って宮城県気仙沼大島へ向かった。日本海側を新潟まで進み途中から太平洋側に休みながらもお昼前に宮城に辿り着く。
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 くしくも青空の中この都では桜が満開だった。この東北の桜を見ると。「桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子(だんご)をたべて花の下を歩いて絶景だの春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。・・・・大昔は桜の花の下は怖しいと思っても、絶景だなどとは誰も思いませんでした。」という坂口安吾の「桜の森の満開の下」の冒頭の文章を思い出す。まさに「街」に一歩はいると其処には何もない様な異様な風景が迎えてくれた。b0189977_1644712.jpg
 まず向かったには陸前高田市。死者数は 1,555人、行方不明者数 234人。この建物は市役所だったところ。中は何もない。というかある程度の片づけの後に残された瓦礫が足の踏み場もなく散乱している。瓦礫の一つ一つは自分の本当の姿を確認されることを永遠に待ち続けている。そこにバスツアーの人たちがやって来た。現地の人が語り部として案内人となって、この街に起こったことを語り、多くの人が見て、感じて決して記憶の中で風化させないように胸に刻んでいく。
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 多くの瓦礫はむろん取り片付けられて
はいるが、なぜかうち捨てられたままの
車椅子等が私の想像力のなさを知らし
める。
 「復興」?どのように?
 住んでいた多くの人・もの達の存在感
を一瞬にして消し去った「津波」。
 とりあえずこのもの達の姿を記憶の中に織り込むことか。


b0189977_17101540.jpg  震災から1年を過ぎてまさに桜も満開
 のとき。
 かって
 町並みだったか路地だったかの所に
 つくしがあった。
 思わずほっとする。
 総てを奪い去ったのが
 天然・自然の営みならば、
 こうして自然の恵みを示してくれるのも
 天然・自然の理なのだ。
 街の復興を確信的に信じたくなった。

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 陸前高田からフェリーに乗るために気仙沼港に。写真は、JR大船渡線鹿折唐桑駅前に乗り上げた巻き網漁船「第18共徳丸」( 全長約60メートル、330トン)です。実際に見て改めてその凄さを感じられた。 モニュメントにして、周辺地域を復興記念公園にとも計画されている。b0189977_17445131.jpg
 そして
  復興の息吹を直接感じさせてくれる
 のは
 「復興 屋台村 気仙沼横丁」
 連休と言うことで、訪れる「観光客」も
 多く賑わっていた。
 雲一つ無い最高の青空の中
 鯉のぼりがたくさん泳いでいた。
 屋台村にはリンクを張っているんで
 是非クリックして下さい!


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人口74247人の気仙沼市にあっては死者1015人・行方不明者391人。
おそらく其処には家族が住んでいた事が鮮明な区画に、真新しく花そしてお茶などが供えられていた。その衝撃が、その現実が私をしばし留める。。
 彼か彼女か、大人か子供か、亡骸は家族に出会えたのか。私の想像力は奈落に沈む。思わず手を合わせる。       《続く》
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by takudoo1021 | 2012-04-30 17:57 | 日々のこと