大阪の尺八吹きです。尺八にとどまらず自作のオーディオや想いを!骨髄異型性症候群と多系統萎縮症という難病をわずらて闘病生活に入っています。


by takudoo1021
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宮城県気仙沼大島へ 其の③

 大島の仮設でのイベント終了後はお別れも急いで、フェリーに乗って気仙沼へ。屋台村で少し休んで、南三陸町へ向かった。人口18.000人弱の町で、1000人の死者・行方不明者が出た。走る道路が海沿いに出ると、何処も凄まじい爪痕が拡がっていた。
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 JR気仙沼線のトンネルが在るけど線路が、枕木が、ない。一部残されている所も歪んでいる。新緑の森に「潮枯れ」してしまった木立のラインが鮮明にうかぶ。このラインまで海になっていた印!考え・想像出来ない。
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 最後まで避難を呼びかけていたことで大きく報道もされた南三陸町の防災庁舎だ。河北新報によると

 「津波の第1波の襲来まで庁舎内には約30人の職員がいた。しがし、無事が確認されたのはわずが8人。遠藤副町長もその一人だった。
 依然行方が分がらない職員の多くが防災担当だった。防災無線を使いぎりぎりまで住民に避難を呼び掛けた。屋上に避難してフェンスやアンテナにしがみついたが、津波の力は想像をはるかに超えていた。
 階段の手すりにしがみついて一命を取り留めた佐藤徳憲総務課長(60)は、第1波の後、多くの仲間が消えていることに気づいた。」

其処には祭壇が設けられていた。供えられていた花も新しいものであった。ココでも手を合わせた。
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のどかだった春の1日も暮れてきた。写真は「志津川病院」。4階まで津波に襲われて75人の死亡・不明者を出した。 流されて屋根に乗った漁船がそのまま津波の凄さを物語る。志津川病院の被災状況は河北新報が詳しく乗せています。是非クリックしてご覧頂きたいと思います。
      公立志津川病院の悲劇・惨劇■南三陸

 
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すっかり日が暮れてしまった中、写真を撮り続ける。目に焼き付けたい。何時までも残したい。立ち去る無念を残し車に乗り込む。
 今回の旅は10時間に及ぶ帰りの車中でも頭をその情景が駆けめぐっていた。被災された方々のお話しをもっともっと聞かせて頂ければ良かったと思う。
 ともかく「行こう!」と声をかけて頂いた太鼓サークル「HOTARU」の皆さん。天人元気届隊のみんな!有難うございました。お疲れさんでした!   《完》
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by takudoo1021 | 2012-05-01 18:31 | 日々のこと